2017-10-03

インドネシア便り第44回 金正男暗殺事件のシティ・アイシャ被告の実家を訪ねる

 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男氏がマレーシアで暗殺された事件の初公判が10月2日にクアラルンプール郊外のシャー・アラム高等裁判所で開かれた。
 起訴状によると、インドネシア人のシティ・アイシャ(25)とベトナム人のドアン・ティ・フォン(29)の2人の被告は2月13日、クアラルンプール国際空港で正男氏の顔に猛毒の神経剤VXを塗り付けて殺害した。
2人は「いたずら動画の撮影だと思っていた」と殺意を否認し、無罪を主張した。弁護団は起訴状に、2人に実行を命令し事件当日マレーシアを出国した北朝鮮人4人の名前が記載されておらず、不明瞭だと指摘した。高裁での裁判は11月30日まで継続して開かれるという。

 初公判を前に、私はバンテン州セラン郊外の農村にあるシティ被告の実家を訪ねた。今回で5回目だった。
 最初に訪ねたのはシティ被告の逮捕から2日後の2月18日朝、日本テレビの取材コーディネーターとして両親や義姉に会い話を聞いた。
「娘は小学校しか出ていない。殺人などできるはずがない。騙されたんだ」と父親のアスリアさん(55)は怒りを露わにした。
「テレビに映ったことは信じたくありません。一刻も早くマレーシアに行き、娘に会いたい」と母親のべナさん(50)は目頭を押えて涙ぐんだ。そしてシティ被告の部屋で彼女の衣類や写真を見せてくれた。睡眠不足で疲れているというベナさんは、そのままベッドに横になった。
 義姉のマラさんは私を奥の部屋に通してくれた。そして日本人である私に質問があると言った。
「シティはマレーシアでドッキリカメラのようなテレビの撮影の仕事をしたそうです。そしてボスは日本人だと言っていました。それはあなたのテレビ局の番組ですか」
「日本にもドッキリカメラはありますが、これは違います。日本人はそんな悪いことはしませんよ」と私は答えた。
「そうですか。ジャカルタでも撮影があり、お礼に100万ルピアもらったそうです」とマラさんは話した。
 私は日本テレビの記者にその話をし、家の外で改めて話を聞いた。その模様は、日本で夕方のニュースで放送された。そのため金正男氏殺害事件が日本とも関係している疑いが広まり、翌朝から日本のマスコミ各社がシティ被告の実家に押し寄せた。
 私たちも再び昼前に訪れたが、玄関は鍵が掛けられ、家族とは会えなかった。電話をしても出てくれなかった。私たちの報道のせいで家族に迷惑がかかっていることで、申し訳ない思いだった。
 夜まで待っていた日本の記者は面会ができたが、それからは誰も会えなかった。その後、内外のメディアがシティ被告や家族を貶める報道をしたため、家族は取材の拒否が続いている。3月に私は単独で足を運んだが、挨拶をしただけで家族との話はできなかった。

 前回の訪問から半年経ち、今回も単独で家族に会いに行った。母親のべナさんは「最初に来てくれた日本人ですね」と、家の中に入れてくれた。父親のアスリアさんも「お菓子をどうぞ」と言って出て来て、一緒に話が聞けた。
「娘からは『マレーシアには来ないで、いつか必ず返って来るから』と言われている。だからこれまで行ったことはないし、これからも行く予定はない。会いたい気持ちはあるが、娘を信じて待つ」という。
「クアラルンプールのインドネシア大使館員が月に3回くらい娘に会っていて、その内容をジャカルタの外務省の職員が報告してくれる。3ヵ月くらい前には『心配しないで』と書かれた手紙を届けてくれた」
「多くの記者が来るが、取材はすべて断っている。娘の話は外務省に聞いてほしい。良い記者も悪い記者もいることが分かったし、それは近所の人も同じだ。家族は娘の帰宅を信じ、祈って待っているだけです」という。
 10月2日に初公判があることは外務省から聞いているが、裁判は時間がかかるとも言われているそうだ。
「日本には北朝鮮に息子や娘を何十年も拉致された家族がたくさんいます。お宅も同じように北朝鮮の犠牲になっている家族です。娘さんには必ず無事に帰って来てほしいですね」と私はご両親に話した。
「そんなことが起きているんですか」と2人は驚いた。
 家族で生姜やクニンなどの農作物を農家から市場に取引する仕事をしているという。そんな話をしていると、シティ被告の両親でなく、しっかり者の夫婦の顔に変わっていた。

           2017年10月2日 小松邦康

シティ被告の両親
シティ被告の両親
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