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2017-02-21

インドネシア便り第42回 容疑者シティ・アイシャさんの実家を訪ねる

容疑者シティ・アイシャさんの実家を訪ねる

北朝鮮の金正男氏が暗殺された事件で、私は日本テレビの取材コーディネーターとして容疑者シティ・アイシャさんの実家があるバンテン州セラン郊外にある村を訪れた。
ジャカルタから西に車で約2時間、水田や畑の緑がきれいなジャワ島にはよくある感じの農村だ。子どもの遊び声が聞こえ、のどかでゆったりした雰囲気が漂っている。ジャカルタから近いため交通が便利になった近年は都会の工場や商店で働き、実家を経済的に支えているに人も多いという。
しかし実行犯のひとりがインドネシアのパスポートを持っていたということがわかってから、多くの報道陣がこの静かな農村に押し寄せてきた。


シティさんの実家
バンテン州セラン郊外のシダンサリ村にあるシティさんの実家


実家の近くの村1
実家近くの村の風景


実家の近くの村2
実家近くの村の風景


木曜(16日)の夜、シティさんが映ったテレビのニュースを見たお母さんのべナさん(50)は、当初ショックで歩くことができなかったという。そして翌日からインドネシア人の記者が来て、何度も同じ質問を受けた。
18日(土)の朝に訪れた私たちは日本のメディアとしては2組目だったという。べナさんは私がインドネシア語ができることを知り、シティさんの部屋に入れてくれた。
「テレビで見たことは信じたくありません。一刻も早くマレーシアでもどこでも行って娘に会いたい。そして直接本人から話を聞きたい。娘は25歳ですがここに帰ってくると、子どもの頃と同じようにいつもこのベッドで私と一緒に寝ていました。また早くまたこのベッドで一緒に寝たい」と、話しながらべナさんはベッドに体を横たえた。睡眠不足だと言うのでそのまま横になってもらった。
 別の部屋でお父さんのアスリさん(55)は、「娘は小学校しか出ていない。人殺しなどできるはずがない。騙されたんだ。親にとってはどんな子でも最愛の娘なのです」と目頭に手を当てながら話をしてくれた。


話をしてくれた母のべナさん(50)
シティさんの部屋で話をしてくれた母のべナさん(50)


インタビューを受ける父のアスリさん(55)
居間で地元記者からインタビューを受ける父のアスリさん(55)


義姉マラさんの話

 私たちは昼食の後もシティさんの実家を再訪した。べナさんも起きていて食事の後だった。せっかく日本から来たのだからと、私たちだけ奥の部屋に通してくれた。4人の女性と2人の男性の他、5~6人の子どもがいた。裏の家に住んでいる家族や心配してよそから来た親戚だという。
 彼らと雑談をしていると、義姉のマラさん(25)が、「ボスは日本人で、ドッキリカメラのような日本の番組の撮影をしたとシティから聞いた。あなたはそのテレビ局の人ですか」と私に質問した。
「日本にもドッキリカメラはありますが、これは違います。日本人はそんな悪いことはしませんよ」と私は答えた。
「そうでしょ。北朝鮮の人が嘘をついたんです。シティは騙されたんです。シティはこの仕事をしてお金をもらって喜んでいたけど、こんなことになってしまって」と私に言った。
 私はこのやり取りを日本テレビの記者に伝えた。そしてマラさんを家の外に連れ出し、静かな所を捜してインタビューが始まった。
「奇抜で目立つ服を着て男性に近づき、ほっぺを両手で触ったり、サンバルソースを手にかけたりといういたずらをした。でもスプレーを顔に吹き付けるようなことはしなかった。ターゲットはお金持ちそうな男だけ」とシティさんから聞いたとマラさんは言う。
「ジャカルタのショッピングモールでもこの撮影をしたそうです。お礼に100万ルピア(約8500円)もらい、ホテルに泊まり食事に使いなさいと言われたけれど、ホテルには泊まらず家に帰って寝たそうです。そして息子のリオ君(7)に小遣いをあげたそうです」とマラさんは話した。
「ジャカルタのどこのモールかわかりますか」と私は質問したが、「知りません」とマラさんは答えた。
「そのあと実家に約1週間帰ってきて私だけに話をしてくれました。そしてこんな遠くの田舎にいるのに、ボスからシティの携帯に何度も電話がかかってきたそうです」とマラさんは話をしてくれた。


義姉のマラさん(25)
ふだん着で日本テレビのインタビューを受ける義姉(シティさんの兄の嫁)のマラさん(25)


 北朝鮮の工作員と見られる男は、シティさんに日本人と言って近づき日本のテレビで放送するドッキリカメラのような番組に出してあげると嘘をつき、マレーシアだけでなくジャカルタでも犯行の「予行演習」を繰り返していたようだ。マラさんの話では、マレーシアでシティさんと「日本人のボス」が知り合ったのは1月初めだと言う。
シティさんはマレーシア以外の外国には行ったことがなく、インドネシア語しかできないので、「日本人ボス」とはインドネシア語と似ているマレー語で会話したという。
「日本人ボスは、高い金を払っているんだから番組が放送されても見るな、撮影中はカメラの方を見るな」と言い、シティさんはそれに従った。北朝鮮の工作員と見られる男は撮影のまねごとがばれることを恐れて、そんなことを言ったのかもしれない。
 シティさんは母親のべナさんに、以前はバタム島の衣料品店で働いていたが、今はマレーシアで撮影の仕事をしていると伝えていた。しかし年齢が近く何でも話せる間柄というマラさんにだけ撮影の内容や「日本人ボス」の話をしていた。
 シティさんの家族は娘に大きな事件が起きた直後も、初対面の得体の知れない日本のテレビ局を名のる私たちを特別に家の奥まで招き入れ、疲れを見せず親切に相手をしてくれた。インドネシア人の多くが持っている優しさだ。見につまされる事件である。

このインタビューは日本テレビ系列のニュースで放送されています。


           2017年2月20日 小松邦康
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