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インドネシア便り38回 介護福祉士・看護師国家試験発表を前に

 今月末、インドネシア人も受験した介護福祉士や看護師の国家試験の合否結果が発表される。しかしその前にインドネシアに戻って来た者もいる。奈良、岡山、香川で働いていた3人に話を聞いた。

ディディ君
 奈良県の老人ホームで働いていたディディ君(27)は、3月16日夜ジャカルタに戻ってきた。空港には奥さんのニタさん(25)と2人の子ども、お父さんや弟さんが西ジャワ州のクンガンから迎えに来ていた。みんなと熱い抱擁を交わした後、昨年12月に生まれた次女のアディラシファちゃんを抱き上げた。ニタさんはほっとした表情でディディ君を見上げた。
 ほんとうは日本で介護士の仕事を続け、家族を呼び寄せ一緒に暮らすのが夢だった。ディディ君は、「失敗しました」と私に言った。1月29日の国家試験の後、自分で採点してみると合格点に足りなかった。2月中旬、厚生労働省からディディ君に1枚のハガキが届いた。3年以上日本の老人ホームで働いたインドネシア人の介護士研修生は2次試験が免除される。しかしハガキには、「2次試験は受けられない」と書かれていて、それは国家試験不合格を意味する通知だった。とはいえ救済措置で来年1月の国家試験まで、日本で研修生を続けられる可能性も残っていた。 しかしディディ君は家族や友人と相談し、それから3日後、職場の責任者に帰国しますと伝えた。

1. ディディ君とジャカルタの空港に迎えに来た家族

家族の一員のように世話したい
 その後も帰国前日まで通常通り勤務した。ディディ君は日本に行く前、自宅で暮らしていたお年寄りをお父さんに代わり亡くなるまで世話をしていた。その経験を活かし日本でもお年寄りを他人でなく家族の一員のように世話をしたいと抱負を語っていた。帰国前、ディディ君の勤務していた老人ホームのお年寄りの多くが、淋しいから帰らないでと泣いたという。
 ディディ君のお父さんはジャカルタのメンテンでビジネスマンやOL相手にバソ(肉団子)屋を営み、20年以上土日も休まず働いている。そのお金でディディ君はクニガンの看護学校を卒業し、日本に行くことができた。ディディ君もお父さんのように故郷を離れ、日本での仕事に励み、昨年末貯めたお金で実家の隣に新居を建てた。

外国人が暮らすにはハードルの高い国
 日本人はとても親切で、日本はきれいですばらしい国なので、家族を呼び寄せ日本で一緒に暮らしたかった。家族で日本に住む条件を入国管理局などに聞きに行きいろいろ調べたが、外国人が暮らすにはハードルが高い国だとわかった。そして今のような研修生という身分で家族と暮らし、子どもを育てていくのは難しいと思った。
 帰国を決めてからは日本を去る淋しさでなく、これまでずっと我慢してできなかったニタさんや2人の子どもと暮らせる喜びが沸いてきた。日本を出発する朝、空港に見送りに来てくれた職場の主任はまた奈良に戻ってきてほしいと泣いていたという。日本の良さを理解し性格もやさしいディディ君のような人材が日本から離れていくのは残念だ。同じ職場で同僚だったプリ君は、試験に落ちても滞在を延長し日本で働きたいと言っている。
 ディディ君のクニガンでの職は決まっていない。実家から通える病院で看護の仕事をしたいが、「何でもええわ」と言っている。

ワント君
 岡山県の老人ホームで働いていたワント君(27)と同僚のワワン君は、昨年末職場のマネージャーに「もうすぐ契約が終わるので、あなたたちの仕事はありません。帰国の準備をして下さい」と言われた。突然のことで2人は驚いた。介護福祉士の国家試験前なのにおかしいとも思った。他の施設で働いている友人に聞いても、契約が突然打ち切られるのはおかしいと言われ、外国人介護福祉士の受け入れ支援をしている国際厚生事業団(JICWELS)に相談した方がいいとアドバイスされたので連絡した。
 年が明けて国際厚生事業団から3人の職員が老人ホームを訪れたが話の内容はわからず、しばらくして2月6日に帰国することが決まった。友人からは、国際厚生事業団は何もできない弱い組織だから仕方がないと言われた。

妻より先に帰国させられた
 ワント君は日本に出発する1週間前の2008年7月、同じ介護士候補として大阪で勤務することになっていたアニさん(24)と結婚した。2人はメールや電話でよく連絡を取っていたが、岡山と大阪は離れていたしお金がかかるから、月に1度くらいしか会えなかった。だからいつか同じ職場で働きたいと思っていた。それがワント君だけ先に帰国させられることになった。
 アニさんが勤務する施設は、アニさんが今年の国家試験に不合格でも来年1月の国家試験まで残って仕事を続けてほしいと言っている。アニさんは職場の責任者に夫のワントさんを同じ施設で働かせてもらえないか頼んでみた。しかしアニさんが国家試験に合格すれば何とかするが、不合格だと研修生扱いのままなので、夫といえども国から労働許可が下りないから難しいと言われた。
 ワント君は職場で3年近く日本語や介護の勉強を続けていた。仕事が終わってからの勉強時間だけでは足りなかったが頑張った。しかし帰国が決まってからはそれも打ち切られた。でもワント君は国家試験の受験申請はしていたので、これまで勉強したことを試してみたかった。気持ちはダウンしているが、アニさんと2人で試験に向けて頑張ろうと誓い合った。
 だが試験は難しかった。長い問題なので時間が足りなかった。ワント君の自己採点では正解は半分以下だった。アニさんも同じく合格は難しいと感じた。

2. 2月初めに岡山から帰国したワント君

妻のアニさんも帰国する
 施設のお年寄りからワント君は、「外国人が働いてくれるのはありがたい」、「国に帰ってほしくない」と引き留められたが、2月6日ワワン君と一緒に帰国した。ワント君の故郷は西ジャワ州のチレボンからオートバイで1時間ほどの農村だ。若者の多くはジャカルタなどの都市や海外での出稼ぎが一般的でお姉さんも中東で家政婦をしている。ワント君も岡山から月に2万〜3万円母親に仕送りをしていた。
 帰国してひと月あまり経ったワント君だが、チレボンでは介護や看護の仕事は見つからない。日本はいい国ですねとワント君は言うが、失望も大きいと漏らしている。そしてアニさんもワント君と一緒に暮らすことを優先して、4月末に帰国することを決めたという。
 2人は日本での3年間の経験を活かせば韓国や台湾など他の国で、介護の職に就けるかも知れないと考えている。彼らは日本の税金と施設のお金や時間を費やし育てた人材だ。将来日本とインドネシアの懸け橋になれる貴重な人材を日本に残せず、他国に行かせてしまうとしたら、こんなもったいない話はない。

ヌリアさん
 ディディ君やワント君と違い、高松市の老人ホームで働くヌリアさん(29)はインドネシアへの帰国を思い留まった。
 3月8日、ヌリアさんは故郷の西ジャワ州クンガンで結婚式を挙げた。相手は福井県の溶接工場で3年間研修を続け、現在はバンドンで溶接の仕事をしているゲラル君(27)。朝から夜まで多くの村人が集まった盛大な式だった。
 新婚の2人は高松で一緒に暮らしたいと思っている。ゲラル君のお父さんはバンドンの日系繊維工場で30年勤務し、日本人の勤勉さをよく理解しているので、息子のゲラル君も日本企業で働かせたかった。それが実現し福井で3年間、日本人の仕事に対する厳しさを学び、職場の内外で日本人から優しくされたゲラル君は日本が大好きになり、いつかまた日本で働きたいと思っていた。
 ヌリアさんもクニガンの看護専門学校を卒業後、高松市の老人ホームで3年働くことで日本の良さを学んだ。施設の職員やお年寄りから親切にされ、みんなにずっといてほしいと言われているので高松で介護の仕事を続けたいと思っている。

3. 3月8日に結婚したヌリアさん(右)とゲラク君

数ヵ月先の生活設計が描けない
 しかし現実は難しい。1月29日に受けた介護福祉士の国家試験は難しく、自己採点をしてみると合格点に足りなかった。施設はヌリアさんが合格すればゲラル君の仕事を探してあげると言っていたが、それも難しくなってきた。施設の責任者は、もし不合格でもヌリアさんには来年1月の試験まで働いてほしいと言っている。しかしその場合ヌリアさんは正職員ではないので、夫のゲラル君が日本で就労することは難しい。日本での生活経験があり日本語もうまくまじめなゲラル君を採用したい企業は高松にもあるが、国から労働が認められ、収入が得られるかは不透明だ。
 数年先ではなく数ヵ月先の生活設計が描けないヌリアさんは、結婚を機に帰国しインドネシアで新婚生活を送ることを真剣に考えた。ゲラル君や職場の同僚らとも意見を交わし、結婚式の後も1人で高松に戻ることに決めたが、仕事中も不安で落ち着かない日々は続いている。

日本に大きなつけが回って来る
 彼らのように結婚を考え、日本で共稼ぎをしながら子どもを産み育てることで悩んでいるインドネシア人の介護士候補者は多い。適齢期なら誰でも考える問題に、これまで日本政府は答えを出そうとしていない。政治家やお役人は、日本での仕事や暮らしに慣れたまじめな外国人がふつうの暮らしを続けたいという気持ちを理解し、制度を変えることができない。これが日本とインドネシアの政府間で4年近く前に始まった経済連携協定(EPA)の介護士や看護師の受け入れの内実だ。
 東日本大震災の後、人手が足りない被災地の老人ホームや病院で働いているインドネシア人の介護士や看護師も多い。1年余りたった今も余震が続き津波が襲って来る不安の中、帰国したい気持ちを抑えて青森県むつ市の病院で看護の仕事を続けている女性もいる。彼女は国家試験の結果が出た後、合否にかかわらず帰国する予定だ。日本での将来の生活設計が描けないからだと彼女は言う。
 暖かい人間の血が通っていない制度は崩壊し、将来大きなつけが日本に回って来るだろう。

インドネシア便り37回 介護福祉士国家試験を前に

1月29日に日本各地で介護福祉士の国家試験が実施される。2008年にインドネシアから来日した90余名の候補者が初めて試験に挑戦する。香川県の老人介護施設で働く3人に話を聞いた。

車酔いが心配
 坂出市の施設で働くルーシーさんは大きな心配事がある。自動車での移動に弱いので、車に酔い高松市の試験会場に当日万全な体調で行けるのか不安だ。だから会場に歩いて行けるホテルに泊まりたい。高松市の施設で働く友人のティタさんを誘い、一緒にホテルを探すことにした。
 昨年12月末、ティタさんとJR高松駅で合流し観光案内所でホテルについて聞いた。会場から徒歩10分くらいの所にホテルがあることがわかったが、駅や繁華街周辺の宿に比べ料金が高い。2人でそのホテルを見に行き空室があることがわかった。1泊6000円かかるが、それはこれまで3年半の努力を無駄にしない安心料だと思い予約した。試験会場も下見し、ほっとしたルーシーさんに笑顔が戻った。

ティタさんとルーシーさん1

ふつうの漢字を忘れてしまった
 ティタさんは施設で毎日20人のお年寄りを風呂に入れ、おしめを替える。正月は元旦から休まず8日連続で出勤した。2年前には過労で倒れ救急車で病院に運ばれたこともあるという。
 好きな食べ物はたこ焼きとうどんと刺身で、高松弁で喋り、お年寄りの言っていることもほとんどわかるようになった。福祉介護士の試験問題には一般の日本人でも読めない難解な漢字が書かれている。その漢字を覚えたらふつうに使う漢字を忘れてしまいましたと苦笑する。
 ティタさんと同じ高松の施設で働くヌリアさんは、3月に故郷のチレボンで結婚を予定している。相手は日本で勤務経験のあるバンドンに住む男性だ。試験に合格したら高松で今の仕事を続けながら、一緒に暮らしたい。しかし合否がわかるのは結婚式の後だ。将来が読めず、不安で気持ちが落ち着かない日々が続いているが、とにかく試験に受かりたい一心で毎日深夜まで受験勉強を続けているという。

ヌリアさんとティタさん2

みんなで合格を祈っています
 彼女らは1月29日に一発勝負の試験に挑戦する。一緒に来日した看護師候補は毎年受験できたが、介護福祉士候補は3年間の実務経験が必要なため今回が初めての受験だ。日本人でも合格者が半数という難関の国家試験に不合格だと滞在資格を失い帰国しなければならない。インドネシア人の看護師候補は5%未満しか合格できず、これまでに50人余りが日本を去った。介護福祉士候補のハードルも低くない。
 厚生労働省の試算では2025年に全国で介護職が70万人以上不足するという。高齢化が進み現在も日本人だけでまかなうことが大変だからこそ、日本とインドネシア両国が経済連携協定(EPA)に基づき多額の税金を使って始めた国策なのに、難解な漢字の壁を取り払わず試験で落として帰国させていいのか。
 「これまで各施設は多くの費用と時間を負担し、手探り状態で外国人介護士を支えてきました。お年寄りたちからとても頼りにされ、かわいがられているので、みんなで合格を願っています。今は祈ることしかできません」と施設の責任者は話す。
 日本の暮らしに慣れ、日本を知り、日本が好だからずっと暮らしたいという多くの人材を日本は簡単に追い返していいのか。日本側の危機感が足らないと思う。

インドネシア便り36回 AKB48の姉妹グループJKT48誕生

 外国の最新の音楽から民族舞踊まで、インドネシア人は歌や踊りが大好きだ。歌手の層は厚く、アイドルといえども美貌に加え実力が伴わないと通用しない。トップクラスの歌手は国内だけでなく、インドネシア語が通じるマレーシアやシンガポールなどでも人気が高い。

 そんなインドネシアで、日本のアイドルAKB48の海外初の姉妹グループJKT48が誕生した(JKTはジャカルタの略)。

 昨年9月、約1200人の応募者の中から書類選考と面接で51人が選ばれ、ダンスと歌の訓練が始まった。多くはふつうの家庭で育った子で、昼間は学校に通い、夕方からの週4回の練習に励んだ。そこには娘の夢を叶えさせるため、車で片道2時間以上かけ送迎する母親の姿も多く見られた。

087 JKT48第一期生決定
JKT48第一期生決定

 10月にはAKBの高橋みなみさんの握手会がジャカルタで開かれ、会場に200人以上のファンが集まった。中には他の町から飛行機に乗って来たり、シンガポールまでAKBのコンサートを見に行ったというお揃いのTシャツを着た熱烈なファンも複数混じっていた。高橋さんはJKTの練習場に現れ、「いつか同じ舞台に立ちましょう。待っていますよ」と激励した。

 11月には総合プロデューサーの秋元康さんらがジャカルタに来て最終選考があり、12歳から20歳まで28名のJKT48の第1期生が決定した。

 秋元さんは、「ジャカルタには初めて来ましたが、インドネシアの子たちの歌や踊りのうまさに驚きました。インドネシアのパワーを感じたので、うまくいきそうな手ごたえがあります」と、自信を見せた。

 バンドン出身のメロディさんは、「いつか日本に行き、AKBと一緒にステージに立ちたい」、最年少のナビラさんは「世界の舞台に立てる歌手になりたい」、両親が日本人のレナさんは「日本とインドネシアの懸け橋になり、私たちの歌でみんなを元気にしたい」などと抱負を語った。

128 最年少のナビラさんとレナさん(右)
最年少のナビラさんとレナさん(右)

 しかしJKT48誕生のニュースはインドネシア国内ではあまり報道されなかった。同じ頃、韓国のグループ2PMのコンサートが開かれた。2万円もする特等席を含め、インターネット販売のチケットは発売15分で売り切れたという。舞台に登場すると女性が総立ちになり、韓国語で一緒に歌い続け興奮は頂点に達した。「歌のうまいグループはインドネシアにも多いけど、激しい踊りもできる本物のアイドルです」とファンは言い、芸能ニュースは2PMを大きく扱った。

029 2PMのコンサート
2PMのコンサート

 秋元さんは、「韓国のグループとは比較できません。AKBやJKTはデビューからスターになる成長の過程をファンが一緒に楽しむ身近なアイドルなのです」と言っていた。

 12月にJKT48はポカリスエットのテレビCMに初登場し、初めて民放の公開歌番組に出演した。みんな初めてのステージに立つ前はとても緊張していたが、AKBのヒット曲「ヘビー・ローテーション」をインドネシア語で歌い元気に踊った。

JKT48練習風景
JKT48練習風景

 その後、日本でAKBと共演することになった。「こんなに早く日本の舞台に立つ夢がかなっていいのでしょうか」と驚いたメンバーも多かったが、AKB48の紅白対抗歌合戦に出演した。
そして大晦日のNHK紅白歌合戦に出場することになり、AKBが歌う後ろで踊り、「がんばれ日本」の人文字も作った。

 デビューからとんとん拍子で日本での知名度も高まったが、今後はインドネシアでの活躍が期待される。2月末にはAKB48がジャカルタを訪れ、JKT48と同じステージに立つ。

インドネシア便り35回 9月23日 鉄道線路でセラピー

あるときジャカルタの外れにある駅の近くに住む男性がいつものように裸足で線路を歩いていると、ピリピリと全身に電気が走った。腰痛持ちなので横になり腰を並行する線路に当ててみると病院で受けたことがある「電気セラピー」と同じような感じがした。これは大発見と毎日涼しくなる夕方に「線路セラピー」を始めた。
口コミで広まっていったが、新聞やテレビなどで「血行がよくなり、病気の治療にもなる」と取り上げられたため、休日には百人もの人が集まるようになった。
 線路に流れているのは、信号を点滅させるための弱い電流だ。この駅の近くにしか流れていないのか、他にもあるのか真相は分からない。
奥さんの車の運転で毎日通っている男性は、痛風がほぼ完治した。通院すると毎回約500円の治療費がかかるが、ここは無料なのでこれからもずっと続けたいという。
しゃがんで両手で線路を触れてピクピクしながら1日の疲れを取る勤め帰りの女性や、線路に水をかけると強い電気が流れて気持ちがいいという常連もいる。
1時間に1〜2本電車が走るのでその前に素早く立ち上がり、通り過ぎると横になり「線路セラピー」を再開する。
「線路内立ち入り禁止」や最近立った「線路に座ったり、寝てはいけない」という標識もあるが、取り締まる人はいない。
 日本人もどうぞと言われたので、私も試してみた。最初は感電したような強いショックを受けたが、慣れてくるとドッドッドッと鼓動を感じ心臓からたくさんの血が流れていくような快感を味わった。
やみつきになりそうだ。

インドネシア35-1
線路に寝ると、ああいい気持ち

インドネシア35-2
手を繋ぐと電流が流れます

2011年8月12日 第34回 ジャカルタで 

 限界を超えたジャカルタの道路

ジャカルタを走る二輪車と乗用車の道路占有面積が2011年末に道路の総面積を超え、交通が完全に麻痺する「グリット・ロック状態」になるとジャカルタ州政府が発表した。
インドネシアはこの8年間、年率6%以上の経済成長を続けているが、人口や車の激増で首都圏の交通事情は深刻化の一途をたどっている。経済的損失も年間5兆5000億ルピア(約53億円)に達すると運輸省は発表した。
2010年7月のインドネシアの新車販売台数は72%増の7万2030台と月間販売台数の記録更新が続き、ジャカルタだけでも二輪車が毎日892台、乗用車が236台増え続けている。乗用車の平均走行時速は、毎年1キロずつ遅くなり、現在は10〜15キロまで落ちているという。
 ジャカルタの幹線道路は片側4〜5車線あり立派だが、他の道路は車線がはっきりせず貧弱で、脇道も少ない。人口1000万に迫る東南アジア最大の都市なのに、地下鉄のような大量輸送鉄道がなく、公共交通はオンボロのバスに頼っている。

cars

中央の専用車線を新型のバスが走る「トランス・ジャカルタ」はバスの台数が足りず、乗客からは長く待たされたうえほとんど座れないなどと不満が多く、乗用車からバス利用に切り換えようという市民は少ない。
モノレールは10年ほど前に建設が始まったが、支柱が建っただけで工事が止まってしまった。水上バスも川底のゴミがスクリューにからまり、わずか数カ月で運休に追い込まれた。地下鉄は昔から日本のODA利用などで計画はあるが、何度も頓挫し工事が始まらず、「グリット・ロック状態」を招く大きな原因になっている。
行政は今回こそ抜本的な対策を考えているようだ。しかしパトカーの先導で渋滞した道路を走り抜けていく政府高官の車を見ていると、ジャカルタ市民は公共交通の恩恵を味わえないまま、車社会に窒息してしまう気がする。

 庶民に高層アパート購入熱

 これまでジャカルタ市内に建てられた高層アパートは、富裕層や外国人向けの高級なものが多かった。しかしこのところ、所得が向上している庶民を狙った手ごろな価格のアパートの売れ行きが好調だ。
 もともとインドネシアには高い場所には魔物が出るという伝聞もあり、高いところに住むのが苦手な人が多く、高層アパートより一戸建ての小さくても庭のある家が好まれていた。そのため都心部の高層住宅に住まず、車やオートバイで1時間以上かかる郊外に、長屋形式の平屋建てや2階建ての住宅を購入した。
しかし近年の慢性的な道路の大渋滞で通勤・通学の時間が読めなくなり、高所への恐怖を我慢せざるをえなくなったようだ。
 都心部から電車で15分ほどのカリバタ駅周辺には、靴工場だった18ヘクタールの敷地に3年前の2008年から19階建ての高層アパート10棟の建設が始まり、入居が始まっている。そしてさらに7棟も建設中で、完成予定の2012年には全体で3万人が入居するという。
約30平方メートルの標準的なタイプの価格は、2億3000万ルピア(約220万円)。2つの寝室とダイニングキッチンとシャワー室があり、インドネシアではまだ珍しい都市ガスが使われている。日本とは逆で、魔物への恐怖が影響しているのか、低層階より高層階の方が価格が安い。
2年前から販売が始まり、2010年末に17棟1万3000戸すべてが完売したという。「ローンが借りやすくなったので買った」、「人気が高い物件なのでまた貸しも簡単」、「通勤地獄から開放される」などと購入者の声も聞こえてくる。
とはいえアパートの敷地を一歩出ると、バスも電車も超満員というのが実情だ。政府が交通インフラを早急に整備しないと、快適なマンション暮らしは難しく、入居者に大きな落胆が拡がるかも知れない。

 ジャカルタの通勤電車

 慢性的な交通渋滞のジャカルタで、郊外から電車で通勤する人が増えている。とはいえ鉄道網はオランダ植民地時代に建設されて以来ほとんど延びておらず、単線区間もあり貧弱だ。
ジャカルタ首都圏の人口は1500万人を超え東南アジア最大だが、地下鉄や新しい路線は計画段階のまま、鉄道が通勤の足として需要を満たしているとはお世辞にも言えない。
鉄道会社は都営地下鉄や東急電鉄など日本使われていた車両を多数導入し、冷房付きの急行を走らせサービスの向上を目指している。運賃は各駅停車に比べ5倍以上もするが、経済発展で所得が向上している乗客からの人気は高い。最近は2倍の運賃の冷房付きの各駅停車も走るようになった。
 しかしその差別化のあおりを受け、従来からある各駅停車の本数が減った。通勤電車なのにいつ来るか分からず、車内は汚れ、扇風機が壊れているなど乗り心地は置き去りにされている。

men on the train

満員の蒸し暑い車内に外気を入れるため、窓だけでなくドアも開けっぱなしで走る。1時間以上乗っても運賃は2000ルピア(約19円)ほどの安さだが、乗客は運転室や車掌室だけでなく、ドアにぶら下がり、屋根の上にまで乗っている。
屋根から落ちそうになると必ず誰かが支えてくれるが、感電事故はときどきある。しかし電車通勤者が増える前から必ず座れ、風を浴び移り変わる景色も眺められる「伝統の座席」とも言える。
違法行為なので当局の取り締まりがたまにある。消火作業に使うような太いホースでの放水だ。それは屋根の上の乗客だけでなく、車内に乗っている通勤客も一緒にビショビショに濡らしてしまう。

m o t t-2

インドネシア製オンボロ車両の乗客は「人間扱い」されていないようだ。
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